高齢者が働き続ける社会で、企業は何を変えるべきか――健康問題と雇用を分けて考える
高齢者が働き続けることが当たり前になる人口減少と高齢化が進む日本では、働く意欲と能力のある高齢者が、年齢にかかわらず働き続けられる環境づくりが重要になっています。
現在、企業には65歳までの雇用確保措置が義務づけられ、70歳までの就業確保措置については努力義務とされています。厚生労働省も、高齢者が本人の希望や能力に応じて活躍できる環境の整備を重要な政策課題として位置づけています。(高齢者雇用情報サイト)
ここで企業が直面するのが、「健康状態が変化した高齢者を、どのように雇用し続けるのか」という問題です。
認知症だから、サルコペニアだから、働けないのか。
例えば、高齢の従業員に認知機能の低下がみられたとします。あるいは、サルコペニアによって筋力が低下した。脳血管疾患の後遺症で麻痺がある。高次脳機能障害が残っている。こうした状態があるからといって、直ちに「仕事ができない」と判断することはできません。ただし、そのまま雇い続けることは現場の負担になりかねません。
重要なのは、その健康状態が、その人の具体的な業務にどのような影響を与えるのかです。例えば、事務作業であれば問題なくできることでも、高所作業や運転、危険物を扱う業務では安全上の問題が生じる可能性があります。
したがって、
「認知症だから働けない」「麻痺があるから働けない」という病名・状態だけによる判断ではなく、
職務に必要な能力と、現在の能力を具体的に評価するという考え方が必要になります。「健康な人だけを雇用する」という制度では限界があるこれからの社会では、従業員全員が常に健康であることを前提にした職場設計には限界があります。むしろ、健康状態が変化しても働き続けられる仕事をどう設計するかを考える必要があります。
例えば、
- 重量物を扱う仕事を機械化する
- 転倒リスクを減らす設備を導入する
- 複雑な判断を必要とする作業をシステムで支援する
- ダブルチェックの仕組みをつくる
- 作業手順を見える化する
- 短時間勤務を導入する
- 職務内容を再設計する
といった方法があります。これは高齢者だけのための対策ではありません。若い従業員が病気やけがをした場合にも役立ちます。
<「認知機能が保たれている人を延長する」という制度はどうか>
高齢者の継続雇用について、「認知機能が保たれていることを雇用延長の条件にする」といった制度を考えたくなることもあるかもしれません。しかし、ここは慎重な制度設計が必要です。
健康状態だけを理由に一律に雇用を終了させるのではなく、実際の職務遂行能力、安全性、必要な配慮、代替可能な業務などを個別に検討する仕組みにすることが重要です。
特に「認知症」という診断名だけで雇用継続の可否を決めるのは適切ではありません。
高齢者雇用についても、厚生労働省は年齢にかかわらず本人の希望や能力に応じて働ける環境の整備を掲げており、作業設備の改善、職域の拡大、短時間勤務など雇用管理制度の改善を企業に望ましい取組として示しています。(厚生労働省)
したがって制度設計では、「健康な人を残す」ではなく、「安全に仕事ができる能力を評価し、その能力に合わせて仕事を設計する」という方向が重要になるでしょう。
健康問題と雇用問題を分ける
産業保健の立場から非常に重要なのは、健康状態の評価と、雇用継続の判断を混同しないことです。産業医が、
「この人にはこのような健康上の問題がある」
「この業務にはこのようなリスクがある」
「このような就業上の配慮が望ましい」
という医学的・産業医学的な意見を示す。そのうえで、最終的な人事・雇用上の判断は、企業が就業規則、職務内容、労働契約、関係法令などを踏まえて行う。この役割分担が重要です。これから必要になるのは「健康管理+職務設計」
高齢化社会では、「従業員の健康を守る」だけではなく、「健康状態が変化しても働ける職場をつくる」ことが企業の重要な課題になります。そのためには、産業医、人事、現場管理者だけでなく、設備担当、IT部門、業務改善部門なども含めて考える必要があります。
<安全ではないとは何か>
本人または周囲の人に、仕事をすることで許容できない事故・健康被害が起こる可能性が高くなる状態という意味です。
ただし、単に「病気がある」「高齢である」「能力が落ちた」という意味ではありません。
例えば
認知機能の低下であれば
- 運転中に信号・標識への対応が遅れる
- 機械の異常を見落とす
- 複数の手順を同時に管理できず、操作を誤る
- 緊急時に適切な判断ができない
→ 本人だけでなく、同僚や顧客にも事故が及ぶ可能性があります。
サルコペニア・身体機能低下であれば
- 脚立からの昇降が不安定
- 重い物を持った際に転倒する
- バランスを崩して機械に巻き込まれる
- 長時間立位でふらつきが出る
→ 転倒や労災につながる可能性があります。
麻痺や高次脳機能障害であれば
- 手足の操作が必要な機械を適切に扱えない
- 周囲の状況を十分に認識できない
- 注意を持続できず、危険への対応が遅れる
などです。ただし、ここが重要です「この病気だから安全ではない」という判断ではありません。例えば、片麻痺があってもデスクワークなら問題なく安全にできるかもしれません。逆に、診断名が何もなくても、疲労や睡眠不足などによって危険な作業を安全に遂行できないこともあります。ですから産業保健では、「病気があるか」ではなく、「その仕事に必要な機能が保たれているか」を見ることが重要になります。
そして「安全ではない」と判断する場合も、
① 何が危険なのか
② どの程度危険なのか
③ 配慮や設備変更で危険を下げられるのか
④ それでも難しいのか
まで考える必要があります。つまり、「安全ではない=働けない」ではありません。むしろ、「現在の仕事のやり方では安全に遂行することが難しい」という意味に近いです。この表現にしておくと、先ほどの「認知症だから雇い止め」などの誤解もかなり避けられます。
<認知機能低下の評価はどうするのか>
認知機能の評価は、検査の点数だけで判断するものではありません。本人が感じている変化、家族や職場から見た変化、実際の仕事上の変化、必要に応じた認知機能検査などを組み合わせて評価することが重要です。そして、認知機能の低下が確認された場合でも、それだけで就業の可否を判断するのではなく、その人が担当する具体的な業務にどのような影響があるのか、安全に遂行できるのか、どのような支援や環境調整によって仕事を継続できるのかを検討する必要があります。
<健康管理と設備投資は、実は別々の問題ではありません。>
例えば、身体能力が低下した従業員でも安全に作業できる設備を導入できれば、その人の就業継続につながります。認知的な負荷を減らすシステムを導入できれば、経験豊富な従業員の能力を長く活用できる可能性があります。つまり、「人を設備に合わせる」のではなく、「人が変化しても働けるように仕事を変える」という発想が必要になるのです。
<人口減少時代の「健康経営」は次の段階へ>
人口減少が進めば、企業は「健康な人を採用する」だけでは人材を確保できなくなります。
健康状態が変化した人。年齢を重ねた人。一度休職した人。障害や身体機能の低下がある人。
そうした人たちの能力をどう活かすかが重要になります。そのためには、健康管理だけでなく、リスキリング、業務の再設計、設備投資、IT化を一体として考える必要があります。これからの企業に必要なのは、
「病気にならない人を増やす健康経営」から、「健康状態が変化しても能力を活かして働ける組織をつくる健康経営」への転換なのかもしれません。健康管理は、もはや福利厚生だけの問題ではありません。人口減少時代の企業経営そのものに関わるテーマになっていくでしょう。
